田んぼで出会った愛車との思い出

 

教習所のお金を払ったら優雅に車を買うお金なんてなくて毎日雑誌やネットで車を見てはため息。
ある日近くの中古車販売店で激安車があることを知り、早速コンタクトを取り行きました。
正直、安ければ何でもいいと思っていたのですが見せてもらった車はどれもこれもイマイチ。

 

そりゃそうですよね、全てコミコミで20万円なんですもん。
動くかどうかさえ怪しいですよね。
諦めて帰ろうかと思ってふと視線を隣の敷地に移すと野ざらしで放置され腐りかけたジムニーがあって、それを見た瞬間これだ!と思いました。

 

免許取得したばかりの車の事はもちろんド素人の私に担当者は困惑し何度も何度も素人が手を出す状態じゃないと説得をし理解を求めてきましたが、それでも私は諦めきれずに何も補償はない、責任も問わないとの約束をし見事購入に至ったのです。
もちろん悲惨なくらいボロボロだったので修理やらメンテナスでかなりの費用と時間がかかりましたが私にとって愛すべき車だったんです。
ド素人で全く知識もないような私に優しく教えてくれたり力を貸してくれた方々に感謝です。

 

たくさんの思い出をくれた愛車は8年一緒の時間を共にしました。
北海道1周したり数えきれないくらい旅行に行きました。
あんなに素晴らしい車にはもう出会えないでしょう。

 

私にとって愛車との思い出は宝物です。
ズバブーン

 

 

 

私は車の運転が元々大好きで、ドライブがてらよく出掛けることも多いです。
独身時代は、自分の車で友達を乗せ、海やショッピングモールによく出掛けていました。
けっこう遠くの街に行くのも苦ではないので、新しい土地でもナビで検索してから、よく遊びに行っていました。

 

今は結婚し子供も居ますが、子供も退屈してしまうので、毎日のようにドライブしたり遊び場へ連れて行ってます。
生まれた頃から車の揺れが好きで、なかなか寝ず愚図っている時に車に乗せると、グッスリ寝てくれたりするので、本当車に感謝したいくらいです。
旦那さんがいる時は旦那さんの車で出掛けますが、旦那さんも遠出に車を使うことが苦ではないタイプなので、旅行は必ず車で行きます。

 

車だと途中休憩も自分のタイミングで出来ますし、自分たちのペースで行くことも出来るので、車での遠出は大好きです。
日頃から車に乗る機会が多い私達は、車での思い出は沢山あるように思います。
車があってこそ、ドライブや遠出ができ、思い出づくりも出来るので、これからも車には沢山お世話になろうと思います。

 

 

 

 

今から17年前になりますが、両親の銀婚式祝いに何がほしいと聞いたところ、犬と一緒に旅行したいと言われました。
そこで犬も泊まれるペンションを探していたところ、軽井沢にご家族で経営している小さなペンションを見つけて、そこに行くことにしました。
私たち家族は香川県に住んでいるのですが、移動手段を考えた時に飛行機だとその後の移動に困る、レンタカーでは犬が乗せられない。

 

電車だと小さなかごに入れておく必要があるということで、車を運転していくという話になり、父親と私で交代して運転して行くことにしました。
当時私がノアに乗っていたので、当時飼っていた犬2匹を連れて出かけました。
長距離のため運転は大変でしたが、サービスエリアごとに交代と決めて運転をしていたのでそれほど苦には思いませんでした。

 

むしろ、サービスエリアの度に犬を連れて散歩できるので、犬たちにとってもストレスも少なかったのではないかと思います。
初めての長距離の車での移動も動物病院にて薬をもらっていたので、犬たちも体調を崩すことなく行くことができました。
また、車があると軽井沢のいろんなエリアに回ることができました。

 

軽井沢はペットがOKの店も多いので、いろんなところを見て回りとても楽しかったです。
そして一昨年、同じ旅行を結婚40周年のお祝いにプレゼントしました。
25年前と変わったのは、歳をとったのは置いといて…犬が違うことと車がエスティマに変わったことです。

 

親も定年になって、目が悪くなったということで今回は一人で運転をしました。
でも、とても楽しい旅行でした。
今ではどのサービスエリアもドックランがあり、我が家の愛犬もリードなしで駆け回っていました。

 

車での旅行は大変な面もありますが、家族が一つの空間で話ができるのでとても良いものだと感じています。

 

 

 

私が最も車で長距離移動したときの話です。
いまの彼女は東京に住んでいて、関西に住んでいる私は仕事のこともあり、そう簡単に会いに行くことができません。
しかし、会社を辞めて独立した直後に少し時間ができたので、旅行がてら車で東京に向かうことにしました。

 

最終的にかかった往復の時間はみていなかったのでわからないのですが、行きで1日、向こうで2日、帰りで1日の合計3泊4日の長旅となりました。
交通手段は新幹線、飛行機、夜行バスなど他にもありましたが、途中サービスエリアなどでその土地のおいしいものを食べながら自分の好きな時間で移動できるのが魅力的に感じ、自家用車を選択しました。
かなり疲れはしましたが、たぶん後にも先にもないのではないかというくらい長時間運転をして、いざとなったら車でどこにでも行けるんだなという自信はつきました。

 

またサービスエリアは本当に場所によって様々でとても楽しむことができました。
自分の気になった場所で休憩できるのも車旅行の魅力だと思います。
ここでこれを食べたいという想定もせず、感覚的にここでお昼にしようなどと決め、入ったサービスエリアで食べたことのないものに出会う。

 

これが何よりの面白さでした。
そうそう出来るものではありませんが、一生に何度かは車での長旅もいいものだと思います。

 

 

 

 

学生時代からの友達と社会人になってから毎年ゴールデンウィークは車で旅行に出かけていました。
皆車は運転出来るので、交代しながら目的地まで行きました。
車なので意外と早く到着する事が多く、目的地の車の中で遊園地の開場までよく寝たり、朝ご飯も車の中で皆でパンやおにぎりを食べたりしました。

 

車は本当に便利で、大量の旅行の荷物やお土産なんかもいくらでも積み込め他人の目を気にすることもなく自由に過ごせるのが私達の旅行スタイルにとても合っていました。
大好きな音楽をかけ、時にはカラオケ大会!高速道路を走り抜ける中、窓をあけて大声でみんなで歌うのがとても楽しかった!旅行の楽しみももちろんあったけれど、道中での長い時間に車の中で自由に過ごせた事も思い起こせばいい思い出です。
車には愛着や思い出がたくさんあったので、新しい車に乗り換える時は少し寂しくもありました。

 

頑張って走ってくれてありがとうってそんな気持ちで手放したのを覚えています。

 

 

 

高校卒業後、免許を取得して約1年後に普段の生活に車が必要であったため、初めての車を購入しました。
まだ初心者であったので新車はボロボロになると思い、中古のホンダトゥディを購入。
その当時まだ手動チョークが付いていて、寒い時はチョークを引き暖機運転。

 

引いたまま忘れていると車の音が凄くうなっていることもありました。
それでも車での空間はとても嬉しく、車も『愛車』になり、あちこちにドライブして、友人や彼氏との思い出もたくさんできました。
マニュアルだったため、ギアチェンジするタイミングなども楽しく、軽ながらに走りも結構軽快でした。

 

アクシデントも色々あり、自分が停めた車を父親が移動させ、ちょっとした坂になっていたからとギアを1に入れていたことを知らずに、エンジンを掛けた直後にエンストしながら目の前の大木に衝突。
フロント部分を大きく破損する事故を体験。
姉と一緒に乗っていたため、二人でギャーっと悲鳴を上げていたことを思い出されます。

 

車はその後三年で買い換えましたが、今でも一番印象が残る愛車でした。
ホンダ車をずっと愛しています。
ちなみに今の愛車はオデッセイです。

 

 

 

 

中学生の時、部活で試合があると、友達の家の車に乗り合って試合会場へ向かっていました。
ワゴン車で、女子中学生ばかりの車内はまるで遠足気分です。
これから試合だという緊張感もありませんでした。

 

思えば当時、家族以外の誰かとお出かけすることが少なかったので、貴重な時間だったんですよね。
家があった地域はバスが一時間に一本しかないような場所でした。
車が生活必需品です。

 

一家に2台、3台あるのが普通でした。
家族分の車がある家もあったくらいです。
まだ運転免許が取れない中学生は、車で出かけるだけで楽しかった年頃です。

 

それに友達が一緒だと、浮かれるのも仕方がないですよね。
部活の試合結果は微妙でも、それまでが楽しかったです。
今思い出しても、なんであんなに楽しかったのかと思うほどです。

 

今、自分の子供の送り迎えをしていますが、他のお友達と一緒だと車の中がまるでパーティーみたいに騒がしいです。
さすがはわたしの子供だと、妙に納得しました。

 

 

 

 

北海道へ家族旅行。
旭川空港から3日間かけて宗谷岬、サロマ湖、知床をぐるっと車で回りました。
関西に住んでいますが、やはり関西にはない壮大な景色は圧巻で、延々とまっすぐに伸びる1本の道路は終わりなき道のようにさえ感じられました。

 

3日間の国内旅行で季節は秋。
さほど荷物も多くはなかったので、空港にてハッチバックの車をレンタルしました。
かなりスピードを出して走っていたのでしょうか。

 

いえ、そんなことはないはず。
快適に1本道を車を走らせ意気揚々と家族皆で盛り上がっていたら、かすかに違和感のある音がするのです。
均一に回転していないモーター音のような音。

 

特に音の問題以外は何もなかったのですが、一向に音が消えないので気になって道路の脇に車を止め、車の周囲をぐるっと確認しました。
すると後輪の片側の厚みがおかしいのです。
「パンクだ!」家族のテンションは一気に急降下。

 

周りを見渡しても家の1軒もありません。
スペアタイヤはあるものの変え方が全くわかりません。
もちろん携帯も電波が届くような場所ではないのでJAFを呼ぶこともできず、全員顔面蒼白です。

 

タイヤ交換の説明書があったので、自分たちの力で何とか乗り切ろう、ということに。
作業自体は難しいものではないはずなのですが何しろ未知の分野なので説明書をにらみつけながら奮闘していると、1本道の向こうから1台の車がやってきたのです!奮闘している私たちの姿から危機的状況を感じ取ってくれたのか、わざわざ車を止めてくれ、なんとタイヤの交換までしてくれました。
あの時ほど、人の優しさに感謝したことはないぐらい、感激しました。

 

あのハプニングから学んだこと。
それは車はとても便利だけれども、いざ何か起こると大変なことになるということです。
パンクだけであの騒ぎです。

 

乗るからにはもっといざというときのための対処法を学んでおかなければいけないと心底実感した出来事でした。

 

 

 

友人に譲ってもらったミニクーパーでしたが当時の私は全く興味がなくただ安く車が手に入るからと言う理由で購入を決め我が家にやってきました。
ミニクーパーといっても私にはただのボロ車で所々錆はあるしエンジンもチョークを引っ張って回さなければいけないなどルールもたくさんありました。
まだ新しい車なら良かったのですがなにせ譲って貰った車は当時の私の年齢とさほど変わらないくらいの古い車で現代には全くそぐわない機能付きでした。

 

それだけ古くてボロボロなくせに維持費だけは高級車並で驚愕したのを覚えてます。
当時学生だった私には高すぎて車のために1日中バイトをしなければ維持できないまさに高級車でしたから次第に愛着も湧き始め大切に乗り始めました。
街のど真ん中でヒューズが飛んで停止、なんてこともよくありましたが時が経つにつれて上手く調整したりいつでも整備が出来るように工具など常備する程までになりました。

 

とにかく可愛くて可愛くて長生き出来るようメンテナンスもかなり力を入れてましたし今どきの高性能な機能を持った車に全く興味が持てなくなるほどハマっていました。
そこまで愛した車でしたが別れは突然にきてしまいました。
ある夜道路を走行中、車が大きくジャンプしたんです。

 

何が起こったのか全く分かりませんでしたが翌日、事実が判明しました。
どうやら工事中だった道路の整備が甘かったようで大きな穴が出来て段差になっていたんです。
そこに私の車が通ってしまったようでそれでなくても車高が低いミニクーパー、段差なんてあればひとたまりもありません。

 

残念ながら車体の底に亀裂が入りオイルが漏れ、修理するにもかなりの金額になってしまうという事で泣く泣く手離しましたがこれは今でも後悔しています。
また出会いたい、名車です。

 

 

 

 

愛車と共に過ごして13年の月日が経過し、運転席にのると初めて運転した日の事やデートしたこと家族で旅行に行った日を思い出したりします。
結婚前は週末は名古屋と東京の距離を行ったり来たりして走行距離もあっという間に10万キロです。
それでも快調で部品の交換や消耗品などを除けば修理という修理も今までなかったし、おかしな症状がでることもありませんでした。

 

とても頑丈で頼りになる愛車です。
とはいってもさすがに13年前の車と言うのは今の車には考えられない不便さがあるものです。
まずハンドルが重たくて運転がしづらいとか車内が狭かったりバッテリーがすぐ上がってしまったり、現代の車で慣れている人は大抵私の車に驚きます。

 

あと、キーを回してエンジンをかけるなんて当たり前だった事も今では珍しいようですね。
それでも何かと不便だったり余分にメンテナンスや気を遣わなければならない、手間がかかる車ではありましたが車への愛情は深くその手間が楽しみでもありました。
現在は結婚し子供が誕生したのを機に残念ながらファミリカーへ変わりましたが今でも私の愛車は心の中で思い出と一緒です。